ボクら自身
キヨシローが死んだ。
ものすごく歌が上手いわけじゃない、リズム感だって抜群にいいわけじゃない、でも、ライブ・パフォーマンスは最高だ。でも、そのライブには行ったことがない。なのになんでこんなに好きなんだろう。なんで、こんなに哀しいんだろう。
その作品、態度、行動の発するメッセージゆえなんだろうと思う。
チューイング・ガムをテレビカメラに向かって吐き捨てる。坂本龍一とキスをする。化粧をして歌う。粗暴だったり、不道徳でもあったり、いかがわしかったり。あいつは駄目なヤツだといわれるようなことばかり。あんな大人をお手本にしてはいけません。子供になんて見せられたもんじゃない、と言われるようなことばかり。もちろん、自分も同じことをしてみたいわけじゃない――だろうか。少なくともボクらはそうではなかった。
ムシャクシャして当り散らしたくなったり、気になる異性とのイケナイことを妄想したり、出かける前に鏡の前で奇抜なヘアースタイルでポーズをとって決めてみたり(でもって、結局、いつもの髪型に戻してから外出したり)。そういう気持ちって、世代や性別を問わず、誰でも経験することなんだろうと思う。その『い・け・な・い』衝動こそが、青春そのものなんじゃないだろうか。
イケナイ、いけない、いわないわ。駄目だよ、ヤバいよ、良くないよ、こんなこと。だからこそ、気持ちいいんじゃないか。変化できるんじゃないか。創造できるんじゃないか。ほら、行こうぜ。行ってみようよ。みんな、そう思ってるんだろ。ほら、こんな風にさ。さあ、俺と一緒に一歩だけ飛び出してみよう。ワン・ツー、ワン・ツー・さん・しぃ。
そうやって、僕たちの兄貴分として、いつだってキヨシローは走り続けた。舞台の上で、テレビのスタジオで、トランジスター・ラジオから流れてくる歌声の中で。
飄々と、大きくて強いやつらからの手をするりとかわしながら。先生や、会社や、戦争や、原子力開発や。そういったものに唾を吐き続けながら。でも、そういった存在自体を嫌っていたわけでもない。『僕の好きな先生』『パパの歌』では、僕たちにとっての等身大の人気者、等身大の尊敬できるオトナ像を描いて見せてくれた。
忌野清志郎はボクら自身だったのだ。
無理のない僕ら自身の大きさっていうのはこれぐらいのもんじゃないんですか。受験勉強とか、企業戦士とか、物質文明とか、何か張り切りすぎてしんどくないですか。無理してない?嘘ついてない?それって、本当のキミなの?僕のおどけた姿こそがキミ自身なんじゃないの?僕から目を離せないアナタこそが、ほんとうのアナタなんじゃないの?そうやって、キヨシローはいつも語りかけてくれていた。
キヨシローが僕らの投影であるがゆえに、僕らは彼を愛した。彼を愛することで、自分を信じたり、家族を愛したり、友達を勇気づけたり、世間を許したりすることが出来たんじゃないかなあ。ギスギスした世の中で飄々と生きる術を、あの恥ずかしがり屋のはにかんだ笑顔からいっぱいいっぱい学ばせてもらった。
なんて大切な存在が、いなくなってしまったんだろう。
嗚呼、涙が止まらない。
ほんとに。
ほんとに。
ほんとに。
ずっと夢を見て、安心してた。
ずっと夢を見させて、くれてありがとう。
僕はデイ・ドリーム・ビリーバー、
そんで、
彼女はクイーン。
(『デイ・ドリーム・ビリーバー』より、日本語詞・ZERRYこと忌野清志郎)
ご冥福を祈ります。
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