阿久悠さんが亡くなりました。
僕らは子供の頃から、ピンクレディやジュリーの物まねをして彼の作った詩を歌っていました。
単に歌い手たちに惹かれて、彼らと一体化、同一化したいがために真似て歌う高揚感といったものももちろんそこにはありました。振り付けを真似したり、こぶしの回し方を真似したり、そういったものはパフォーマーの作り出したニュアンスでしたから。
けれど、何度も口ずさむうちに、幼い僕たちは不思議な情景が脳裏に描き出されてゆく感覚を味わいました。皆さんは味わいませんでしたか。少なくとも僕は、味わいました。
ちあきなおみのおどろおどろしい表情を真似しながら『喝采』を歌った小学校3年生(※)。「私たちこれからいいところ」と歌いながら、それは一体どんなに『いいところ』なのか、悶々と空想していた小学校6年生。人は恋をするだけでなく、北の宿で恋を懐かしむこともあるんだと知ったのも同じ頃。そうやって僕たちは大人の世界を少しずつ、少しずつ、歌謡曲の中から覚えていったのです。(※『喝采』は阿久悠作詞ではない旨、コメントで指摘がありました。お詫びして削除します。)
いたいけな子供に陰のある大人の世界を教えるまさに『悪友』のような存在。
それが阿久悠さんでした。
僕が世に吐きちらすコンテンツは、あなたの言葉のように誰かに何かを教えてあげることができるでしょうか。僕らの会社が垂れ流す言葉たちは、あなたが作り上げた世界のように、光と影と、失望と希望とが絶妙のバランスのリアリティで見るもの聞くものの心へと染み渡るでしょうか。
それを自分に問いながら、少しずつ生きていこうと思いました。
ご冥福をお祈りいたします。
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